優れた技術が潜んでいる東台湾
台湾を代表する産業として、半導体が挙げられる。台湾の半導体に関しては、日本やアメリカなどへの莫大な投資を行い、工場まで作っている。
また、台湾西部の新竹は今や、アジアのシリコンバレーと言っても過言ではないだろう。
日本の企業も台北から新竹、台中、台南、高雄といった、台湾西側に数多く進出している。
一方、台湾東部の花蓮縣、台東縣は主力産業が農業、林業、水産業、石材業、観光業となっており、日系企業の進出は皆無である。
花蓮県の場合、人口は僅か32万人ほどだが、その面積は台湾最大の面積を誇り、南北が約180kmもある。
気候帯も、花蓮縣中央に位置する瑞穂郷の北回帰線を境に、北が亜熱帯、南が熱帯となっており、それぞれの気候帯にあった農業、水産業が行われている。
また、花蓮縣・台東縣には、台湾人以外に、原住民(6部族)、客家人も住んでおり、特に、原住民に関しては、花蓮縣、台東縣に各々6つの部族が住んでいるため、其々の原住民文化が存在する。すなわち、花蓮縣、台東縣だけで、8つの文化と8つの言語が存在するということである。(共通語は中国語だが、高齢者の間では日本語が共通語となっている)
【農業】
90年代までは農業に関しても目立った発展は無かった。しかし、2000年代に入って、花蓮縣、台東縣の農業は驚くほどの速さで進化を遂げていった。
まずは、以前から推進していた有機栽培に対して、その作付け面積を急拡大させた。今では、花蓮縣は台湾国内でもダントツ1位の有機栽培作付け面積となっている。
また、2000年前半からはスマート農業をいち早く導入し、農家と大学、政府とが共同で新しい技術を次々に開発している。ドローンを使った様々な農作業の省力化、効率化についても、日本よりも早い時期から実施している。
【教育】
学校教育現場に目を向けると、花蓮縣政府は台湾で最初に、ITを活用した様々な教育プログラムを実施し、小学校でも、プログラミングに関する授業を行っている。また、台東縣では、小学校にドローンサッカーを導入し、小学生時代からドローンの操縦に親しむ環境が整っている。
【サービス業】
最近、日本のマクドナルドでも見かけるようになったタッチパネルによる発注、決済システムも、花蓮のマクドナルドでは、10年ほど前から台湾で最初に導入が行われている。(台湾の場合、現金払い客にも対応できるシステムになっている)
【環境保全】
花蓮県の主力産業の一つが観光業だが、その観光資源である花蓮の自然を保護するために、花蓮縣政府を中心に、様々な取り組みが行われている。その中でも、車、バス、バイクの電動化である。花蓮では、台湾初の電動路線バスが十数年前から走っている。バイクも、電動バイクの普及率が非常に高く、花蓮縣の警察も、電動バイクを導入している。充電スタンドも充実しており、公共施設やスーパーなどの前には、バイク専用の無料充電所が設置されている。
【観光】
観光業に目を向けると、まず驚くのはイベント数の多さである。様々なイベントが季節ごとに行われ、観光客誘致に大いに貢献している。また、各種芸術祭、国際気球フェスティバル、東台湾最大の夜市、日本統治時代の歴史、美しい山々と海、原住民文化といった、大自然を有効活用した観光を営んでいる。しかし、自然保護は絶対厳守で、観光客誘致のために、自然を破壊し、人工的な観光スポットを作ることは決してしない。
【インフラ】
ネット環境は整っており、どんなに山奥に入っても、携帯は通じる。台湾西側に比べ、事務所、店舗、住宅の賃料は安くて広く、人件費も安い。
重工業の進出は禁じられているため、自然環境は豊かで、台湾で最も空気、水がきれいな場所が花蓮縣、台東縣と言われている。
取り残されている日本の農業界
猛スピードで進む地球温暖化。日本列島も猛暑が長引き、その暑さは、過去に経験をしたことのない様な暑さとなっています。
猛暑により農業へのダメージは大きく、今までの常識、農法が通用しなくなってきました。正に、日本列島の亜熱帯化が急速に進んでいるのです。
さらに、日本の産業界では、IT化、国際市場への進出、国際企業との交流・提携等々、地球規模でのグローバル化が進んでいる中、農業は時代の流れに取り残されているのが現状です。
思うように進まないIT化、ほとんど行われていない海外の農業家、農業関係の研究所・大学、そして、主力産業が農業である海外地方政府との連携、提携。
今の日本の農業界は完全に取り残されています。

積極的戦略で成功している花蓮・台東の産業界


先にも述べたように、花蓮縣の県中央に位置する瑞穂郷には北回帰線が走っており、そこを境に北側が亜熱帯気候、南側が熱帯気候となっています。この二つの異なった気候帯に応じた農業、観光業が昔から行われていました。
例えば、稲作に関しては、北側に位置する(亜熱帯気候)吉安郷の吉野1號米、南側に位置する(熱帯気候)玉里鎮、富里郷の玉里米、富里米は台湾国内でもブランド米として人気が高く、この猛暑の中でも毎年、豊作です。
さらに、花蓮縣は有機栽培作付け面積が台湾国内ではダントツの1位で、早くから、有機栽培、スマート農業を導入しています。有機農作物は台湾全国に販売されており、特に、有機農作物の宅配便は大成功を収めています。
豊富な野菜、果物も栽培されており、その味を求めて、台湾全国から観光客がやってきます。例えば、パイナップル、バナナ、文旦、ライチ、マンゴー、パパイヤなどは、他の地域で収穫されてものよりもその味は濃厚で、甘く、瑞々しいことで有名です。最近では、お米をはじめ、これら果物も積極的に海外市場へと輸出されています。
また、花蓮縣でしか栽培されていない野菜類も豊富にあります。特に、原住民阿美族が昔から栽培している様々な野菜があり、この味を求めて観光客がやってきます。
花蓮縣、台東縣は共に、日本の中山間地域同様に、人口減少、高齢化は進んでいます。若者は、学校を卒業すると台北などの都会へ出ていきます。しかし、昨今、この動きに変化が見られます。
プレッシャーが多く、物価も高い台北などの都会での生活よりも、自然豊かで、プレッシャーも少なく、物価も安い花蓮・台東で起業する若者が増えつつあります。
また、従来の農業から脱却し、スマート農業に移行したり、地元農産物を使った新たな加工品を開発するという若者が確実に増えています。
花蓮縣政府も、若者にとって魅力ある花蓮縣を目指して、様々な施策を打ち出しています。
農業、水産業と観光を上手く融合させ、さらに、海外との積極的な交流を通して、有益な情報、技術を導入し、新たな農業、水産業、観光業に取り組んでいるのが花蓮縣、台東縣です。
花蓮縣の農業の歴史
台湾と言えば、蓬莱米が有名ですが、正直、蓬莱米はあまり美味しいとは言えません。(個人差があります)
そもそも台湾で本格的な農業が始まったのは日本統治時代からだと言われています。その最初の地が花蓮縣でした。
日本統治時代、初の本格的東台湾開拓を行ったのが、山口県萩市出身の賀田金三郎でした。賀田は、現在の花蓮縣壽豐郷に台湾初の日本人移民村である賀田村を作り、花蓮縣・台東縣にかけてサトウキビの栽培、タバコの栽培を行いました。これが、台湾での初めての本格的農業です。
その後、日本からの農業移民が花蓮縣へとやって来て、官営日本人移民村の吉野村、豊田村、林田村が出来ました。
吉野村では蓬莱米の研究に磯永吉博士と携わった国田正二が、吉野1號米を開発しました。実は、日本から移民がやって来た当初の頃は、日本の農法をそのまま実践したのですが、土地、水、気候が合わず、全て失敗したのです。そこで、原住民阿美族達から知恵を借り、花蓮の地、即ち、亜熱帯気候に合った農法を見出したのです。
原住民阿美族から教えを乞い、その教えにさらに日本的技術を加味し、独自の新しい農業を誕生させたのです。
当時の農家の人々の今までの農法を変えるという柔軟な姿勢、教えを乞うという謙虚な姿勢、そして、そこから新しい農法を生み出すという積極的な姿勢が、今の花蓮縣の農業界にも引き継がれているのです。
交流から生まれる新発見!
【花東企業とは】
代表者の37年間に渡る台湾生活で築いた各方面との人脈を活かし、台湾花蓮縣・台東縣と日本の地方との各産業界、文化面、教育面での交流を促進させ、新たなビジネスの創出させることを目的としています。
【農業分野】
花蓮縣・台東縣で栽培されている新たな農産物の栽培方法を農業部花蓮區農場改良場、農業部台東區農場改良場、 花蓮縣農會、台東縣農會、花蓮縣政府、台東縣政府側と技術提携し、テストを行います。テストの結果、新たな農業、農法として、その内容を日本の農業家に伝授していき、新たな日本の農業を創出します。
【教育・文化交流】
子供達を中心とした学校間での交流(リモート、リアル)や間接的に行事への参加(台湾ランタン祭り等)、修学旅行、フィードワーク、研修旅行、社員旅行等々、様々な文化・教育の交流に関するコーディネートを行います。
【観光分野】
花蓮・台東で実施され、成功を収めている様々な観光イベントのノウハウを導入し、日本向けにアレンジし、新たな観光資源として生かせるようにコーディネートを行います。農業と観光の融合。休耕地を観光スポットに変える。台湾人観光客の誘致を成功させるための秘策立案等々。

